海外のエンジニアと対等な関係で共に成長【株式会社MIGITEQ / MIGITEQ Inc. 大石秀士氏】

かつて日本からのオフショア開発先の中心であった中国は今ではグローバル開発拠点となりました。中国の新規発注シェアは年々減少し、ベトナムやその他の国へのシフトが始まっています。オフショア開発白書2021によると、オフショア開発委託先としてベトナムを指定する企業が全体の52%であり、中国は7%と現在では少数派です。

オフショア関連資料:
オフショア開発委託先国別ランキング(出典:オフショア開発.com オフショア開発白書2021年版)

その理由の一つに中国IT人材の人件費高騰が挙げられるでしょう。オフショア開発白書2021によると、オフショア開発委託先として人気のある6ヶ国を比較した時、中国IT人材の人月単価は軒並み高く、昨年の17-51%と価格高騰が激しいことが分かります。対して、ベトナムは中国を含む他国と比べても低価格で委託できるため、人気が高まっているのだと考えられます。IT人材
関連資料:
オフショア開発先国別の人月単価(出典:オフショア開発.com オフショア開発白書2021年版)

今回はまさに中国、ベトナムにおけるオフショア開発に携わってきた株式会社MIGITEQの大石さんからこれまでのキャリアについて、オフショア開発をする際に気をつけていること、これからオフショア開発を視野にいれている企業に向けてのメッセージをお送りします。

株式会社MIGITEQ|MIGITEQ Inc. 大石秀士氏
2002年4月、国内大手のSIerに入社。開発エンジニアとして、開発及び運用・保守業務に従事。その後、オフショア開発に関わり、開発基盤の構築及び開発支援も担当。主に国内のインフラ関連事業の開発を実施。上下水処理場プラント遠隔監視、高速道路遠隔監視制御など)その後、開発ディレクター兼オフショア開発ディレクターとして開発全体の推進を担当。一般消費者向けサービス事業を中心に、多様なデバイス・仕組みを構築。(高齢者向け住宅検索サービス・シフト管理サービス・中古車販売サービスなど)
2020年2月、仲間とともに株式会社MIGITEQを設立。
現在は開発責任者(CTO)としてベトナムオフショアを活用しながら、自社メディア・受託案件の開発業務に従事。

これまでのキャリアについて

エンジニアになろうと思ったきっかけを教えて下さい!

小さい頃からモノを作るのが好きで、プラモデルやその基地をよく作っていましたね。また学生の頃にパソコンと触れ合う時間があり、ITに関心を抱きまして、ITのエンジニアにも興味を持ちました。

大学ではどのようなことを学ばれていたのでしょうか?

経営情報学部に所属し、プログラミングやAIの基本的な仕組みなどを学びました。
ただ大学の頃は全然勉強していなかったです(笑)

その後のキャリアについてお話いただけますでしょうか?

大学卒業して新卒でSIer企業に入りキャリアをスタートさせました。入社後はメーカー系の開発チームに所属し、7〜8年遠隔監視システムの開発をしていましたね。最初は日本人だけでしたが、コスト削減のために途中からオフショアを始め、委託先である中国の開発チームをマネジメントしていました。

どのような経緯でベトナムでお仕事をされることになったのですか?

その後しばらく違う仕事をしていました。その後上記のもある大手メディアの開発案件を担当することになり、そこでオフショア開発をやることになったのがベトナムだったんです。3ヶ月ベトナムに長期滞在することになって、そこからも何度かベトナムに行きました。

コミュニケーション=

海外のエンジニアをマネジメントする上で大変なことはどんなことですか?

コミュニケーションの点では、技術的な話になるとスムーズに連携がとれないことがありましたね。国民性で言うと、勝手に自分たちの仕様でものをつくってくることがありました。慣れてくるとプライドが出てきて、自分たちの方が正しいのだと言われたこともあります。そういった時は、日本語ができるメンバーをミーティングに呼んで、こちらの考えをインプットしていましたね。

インプットを行う際に大切にしていたマインドはありましたか?

特別なことはしていません。ご飯を食べに行ったり、休みの日に買い物に行ったりと人間としての距離を縮めて行きました。結局、信頼関係を築くと相手も歩み寄ってきてくれるので一人一人との人間関係はすごく大切にしていましたね。

いきなりの海外駐在にハードルは感じませんでしたか?

当時はそれまで海外に興味がなかったのにいきなりベトナムで有無を言わさず行かされたという感じでした(笑) ただ慣れているメンバーも一緒にいたので不安はあまりなかったです。

仲間と起業し、ベトナムのオフショア開発へ

MIGITEQを立ち上げることになったきっかけを教えて下さい!

某大手メディアのプロジェクトで草山さん・横溝さんと一緒になり、プロジェクトを離れた後も付き合いはずっと続いていました。草山さんがデザインを担当して横溝さんがマーケティングやメディア運営を担当、私がプログラミングをやっていて、お互いに違う強みを持っているので3人の強みを合体させたらできることがあるのではという話になったんです。そこから会社を作ることになって、1年くらいの準備期間を経て去年の2月に設立しました。

現在のお仕事について教えて下さい。

直近はスマホのアプリ開発をしました。クライアント企業とお客様のコミュニケーションを強化し、困っていることがあったらすぐに相談できるようなツールです。

現在は薬を処方するサービスをつくっています。なるべくコーディングをせずにものをつくろうとしていますがどうオフショアでやっていくかは難しいところです。

海外エンジニアと働くということ

中国とベトナムとのエンジニアマネジメントで違いを感じた部分はありますか?

ベトナムのエンジニアは親日の人もいらっしゃるので、心の距離を縮めるのは楽でしたね。そして、すぐ通訳の人を呼べるので言語の面でも困らなかったです。

エンジニア

通訳の人を介すことによる課題はありましたか?

最初の人は長い経歴の人でそんなに困りませんでした。技術が分からない通訳の方はただモノを伝えるという感じになってしまうのでこちらの言ったことが通用しないことがありました。
技術を分かっていて言語ができる人の方がコミュニケーションは取りやすいです。技術が分からない人に対しては勉強会を開催してフォローアップしました。

オフショア開発してきた上で印象的なエピソードはありますか?

日本側では「これはできないだろう」と諦める人もいますが、ベトナム側では無邪気に「こういうものつくってよ」と言ってみると好奇心が強いのですごいアウトプットを作ってくれたりしますね。若いメンバーが多いし、実力主義でもあるのでアピールのためでもあると思います。

どのようにして海外エンジニアのニーズを満たしていますか

日本人ってすごい細かくて、デザインにすごくこだわります。根気よくやることに加え、最近だと一括で任せてしまうというよりデザインのHTMLは日本側で作り、動きをつけるのはベトナムに頼んだりしています。

オフショア開発する際の課題は何ですか?

人との距離感はすごく大事で、目的とか背景を共有して向こうが自走し始める状態になるのが一番だと思います。思いを伝える部分とかは現地に行くのが一番いいです。最近は現地に行くことができないので、打ち合わせの前などに「最近どう?」とフランクなトークで盛り上げたり、定例会議で褒めることを意識したりとどうやって心の距離を縮めていくか試行錯誤しています。

ビジネス

今後やっていきたいことを教えて下さい!

まず、自社でサービスを作っていきたいです。それと同時に海外のエンジニアからもアイデアを出してほしいですし、対等な関係で一緒に成長していきたいと思います!

最後に、海外へ活躍の場を広げていきたい企業へ

今後海外に進出していきたい企業に向けてメッセージをお願いします

現在、日本でエンジニアが不足しているなかで海外人材は開発リソースとして重要になってくると思います。
オフショア開発における課題はあれど、それは日本でも起きていることです。ちょっとした工夫で改善はしていけるので、「オフショアはハードルが高い」と思わずに一つの選択肢として躊躇せずに積極的に検討されたらいいのではないかと思っています!

————————————————————————————————————————
ACTIONでは教育型オフショア開発プログラム(フルリモート)を提供しています。
海外で活躍しているCTOがメンターシップしながらラボ型のオフショア開発をします。
自社のエンジニアを海外でも活躍できるように育てます。
————————————————————————————————————————

海外CTOコミュニティ・教育型オフショア開発に興味がある方 こちら

関連記事

  1. 活気溢れるベトナムで、異なる価値観の人々と働く魅力とは【株式会社スクーティー 掛谷 知秀 氏】

  2. デジタル化の先にあるものとは。【株式会社INDIGITAL 大久保 維人 氏】

  3. 安心・安全なオフショアとは何か?常に自分に問いかける。【外部CTO3社、IT顧問1社 柴田 有一郎 氏】

  4. 毎週インド人エンジニアさんを面接して思うこと【株式会社INDIGITAL 大久保 維人 氏】

  5. 海外で働くなら言語と文化の違いを認める柔軟な気持ちを持つこと【GLOBAL DESIGN IT Co, LTD. 塩澤寛氏】

  6. (後編)シンガポールでは「フェアでオープンな環境」を作れ【MOON-X株式会社 塩谷将史 氏】