近年、日本のIT人材不足とグローバル化を受け、オフショア開発が積極的に活用されています。そんな日本市場向けのオフショア開発は1980年代頃に日本企業が中国で開発委託を始めたのが最初で、2000年代からは中国、インド、そしてベトナムなどへ開発委託をする企業が増え始めました。現在ではフィリピン、バングラデシュなどに委託する事例も増えているようです。
オフショア開発白書(2021)によると、オフショア開発委託先を指定している企業の52%はベトナムを指定しているそうです。これは親日かつ勤勉な国民性に加え、人件費が安く、優秀なIT人材が集まっていることなどが理由に挙げられるでしょう。
関連資料:
オフショア開発委託先国別ランキング(出典:オフショア開発.com オフショア開発白書2021年版)
今回は、2001年からベトナムのオフショア開発に携わり、以来足掛け20年にわたりベトナムでのシステム開発にブリッジSEやPMとして関わってこられた吉橋さんから、ベトナム・オフショア開発黎明期のエピソードや海外エンジニアをマネジメントする方法、これから海外へ進出していく企業に向けてのメッセージをお送りします。
吉橋 毅 氏|SHIFT ASIA CO., LTD.
1990年にソフトウェアエンジニアとしてのキャリアをスタート。2001年にベトナムでのオフショア開発プロジェクトに参画したのをきっかけにベトナムとは約20年の付き合い。通信、教育機関や公共機関向けシステムの開発のほか、ECや流通向けのオフショア開発プロジェクトでブリッジSEやプロジェクトマネジャーなど務める。2020年にソフトウェアのテストや品質保証、開発を行うSHIFT ASIAに入社し、現在はオフショア開発における豊富な経験を生かして活躍中。
ベトナム・オフショア開発黎明期のプロジェクトに参画
エンジニアになろうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
最初は全然違う職種についていたのですが、そこでコンピュータに接する機会があったのです。当時、周辺にいた人たちがコンピュータを楽しんで使いこなしているのを見て、自分もやってみたいなと思ったのがきっかけです。その後、1990年に転職するタイミングでソフトウェアの開発会社に飛び込んだことで、エンジニアとしてのキャリアをスタートしました。
これまでご経験された中で、印象に残っているプロジェクトはありますか?
やはり最初に携わったベトナムでのオフショア開発が印象深いですね。2001-2002年頃のプロジェクトだったので、当時はオフショア開発の事例がほとんどない時代でした。プロジェクトの進め方や管理方法も予備知識がなく、徒手空拳な感じで参画していたんです。ただ、そこで色々と経験したことが役に立っていることは確かです。
どういったプロジェクトだったんでしょうか?
当時、私は発注する側のリーダーだったのですが、私も含め誰もオフショア開発を経験したことがなく、そういう中で設計書を作ったり、エンジニアをベトナムから呼び出して説明したり、時には現地へ飛ぶこともありました。そういうやり取りを何度もしていたので、年間の半分以上をベトナムで過ごしていましたね。2007年ぐらいまで関連プロジェクトが続きまして、その期間を通して、ベトナムでのオフショア開発がどういうものなのか垣間見ることができました。
そのプロジェクトはどのくらいの規模だったのでしょうか?
最初は十数人、最大で25人ぐらいいた時もありました。当初想定していたスケジュールよりも時間がかかったんですが、なんとか完成させて、製品もローンチすることができました。オフショア開発は初めての経験でたくさんの課題は残ったのですが、それをどうしたら改善できるのかと考え始めてから、もっとオフショア開発をやってみたいなと思うようになりました。
その時に感じていた課題とは何だったのでしょうか?
日本国内で使っているドキュメントを、そのまま英訳しても全然伝わらなかったことですね。内容が論理的であることも大事ですけど、直感で分かるレベルの書き方をしているかどうかも大事だと思いました。2001-2002年当時は今とコミュニケーションの仕方が全然違っていて、slackもzoomもないわけですから、当時のメンバーとはExcelをメールでやりとりしながらタスクを管理するか、私が直接ベトナムに飛んで対面で対話を重ねるかのどちらかしか方法がなく、日本とのやり取りは国際電話でした。電話代がすごく高かったです(笑)
言語は基本英語だったのでしょうか?
仕事上は英語のコミュニケーションがベースではあるんですが、中学高校の英語ができていれば大丈夫ですよ。現地のベトナム語はとても難易度が高いので(笑)
海外エンジニアをマネジメントする上での苦労
海外エンジニアをマネジメントしている中で苦労したことは何でしたか?
日本のマネジメント方法がマッチしなかった時は苦労しましたね。現地企業に開発をお願いする場合は、その企業に管理体制があるので、そこのタスク管理はオフショア開発企業が苦労するポイントだと思います。誰がどこまでできているのかなどがなかなか見えないので。いかに負担をかけずに情報の見える化をするかが大事です。
また、ベトナムのエンジニアは日本のエンジニアより、新しい技術への熟練度が高いメンバーが多いのですが、管理側の問題で十分なパフォーマンスが発揮されていないこともあります。オフショア開発と一般的な開発では、管理の仕方が違うことを考慮しなければなりません。
日本からベトナムの開発現場に入った際、驚いたことはありましたか?
最初に来て驚いたのは、仕事に対する意識が我々と違うところですね。日本人はプロジェクトの進捗上、遅延が発生している場合は自主的に残業をして、仕事を片付けてから帰ると思うのですが、ベトナムの皆さんは「時間になったので終わります」と言って、定時でパッと帰ってしまうのが当時から当たり前でしたね。今でこそ、日本でもワークライフバランスが重視されてきましたが、当時「日本人は可哀想、家族との時間を犠牲にしてまで、仕事をして意味ありますか?」と言われたことが忘れられません。この時は、残業に対する意識の違いを見せつけられ、逆に新鮮な気持ちになりましたね。ただ、残業をしないから生産性が低いということはないです。
上司と部下間のコミュニケーションも日本とは違うのでしょうか?
ベトナムの方々は、家族との時間を大切にしたいという強い想いがあり、そちらを優先されることは多いですね。例えば、ベトナムの旧正月などは仕事は休んでもらわないといけないですし、そういう仕事とプライベートの考え方は全然違いますね。
また、日本企業は若いメンバーを新卒採用して、エンジニアとして育成していくのが当たり前だと思うのですが、ベトナムではこういうポジションが空いているから人を雇うというのが当たり前です。なので、社員も会社全体のために働くというよりは、自分の専門性を生かして目の前の作業をやっていくという意識があります。そういった背景もあり、ベトナムでは人材の流動性が高いのではないかと思いますね。
流動性が高いというお話がありましたが、メンバーがいなくなることも頻繁にあるのでしょうか?
日常茶飯事的にありますね。過去の話になりますが、ある時、プロジェクトの主要メンバーが独立のために一斉に退職してしまったこともありましたね。束になっていなくなった時は、さすがに驚きましたが、何とか私が調整役を務めながらプロジェクトをやりくりした経験もあります。
海外メンバーをマネジメントしていく中で、大切なマインドセットを教えてください!
常に対等であることです。歳の違い、発注受注の立場の違いをあまり考えずに、できるだけ対等に付き合うことを心がけています。立場の上下などを表に出しすぎてしまうと、付き合いづらくなるんです。
最後に
海外へ活躍の場を広げていきたい企業に一言お願いいたします!
最初にオフショア開発に携わった時期は、コストカットだけが取り沙汰されていましたが、思う様にいかなかったケースも多かったです。昔は発注側である日本企業が上で、オフショア開発側のベトナムが下という棲み分けがありましたが、今ではベトナム側でもナレッジが溜まってきて、マネジメントやアーキテクトまでオフショア開発側で担えるようになってきています。今はコミュニケーションツールもできて便利になってきているので、日本とベトナムがもっと密接な関係で、より対等なパートナーとしてそれぞれの強みを活かしながら、良いパフォーマンスが発揮される土台ができてきたと感じています。
御社のご紹介をお願いします!
現在、私が在籍しているSHIFT ASIAでは2016年の創業以来培ってきたオフショアテスト事業の強みを活かし、品質にこだわった開発部門の強化に取り組んでいます。当社でベトナム人メンバーとコラボレーションを加速させながら、ベトナム語や日本語、英語の多言語を駆使してプロジェクトを管理、運営する経験を通じて得られる学びも少なくないと思いますし、日本とは異なる就業環境でキャリアの幅を広げ、エンジニアとして成長できる醍醐味も味わえるのではないかと考えています。SHIFT ASIAの成長フェーズを支え、ご自身も成長してみたいという意欲のある方がいらっしゃれば、是非こちらをご覧ください。品質への徹底的なこだわりを武器に、私たちと一緒にオフショア開発を変革していきましょう。
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